収録用語目録:マルチパス

札幌のアンテナ工事業者

用語説明

マルチパス
1. マルチパス現象の概要
マルチパス現象とは、無線通信において、電波が送信アンテナから受信アンテナに到達する際、複数の経路を通って伝搬する現象を指します。電波が建物、地面、金属物体などに反射、屈折、回折することで、複数の経路が生じ、受信アンテナに同じ信号が異なる時間差で届きます。この現象は、通信品質に様々な影響を及ぼし、特に都市部や室内など、障害物が多い環境で顕著に現れます。
2. マルチパスの影響
マルチパス現象は、通信品質に対して正負両面の影響を与えます。以下にその詳細を説明します。
フェージング(Fading)
フェージングとは、マルチパスによって同一の信号が複数経路で伝わる結果、受信信号の強度が時間的に変動する現象です。異なる経路を通って到達した信号が互いに干渉することで、強め合ったり(加算干渉)、弱め合ったり(減算干渉)します。これにより、受信信号の強度が変動し、場合によっては通信が途切れることもあります。
・選択的フェージング: 特定の周波数成分のみが影響を受けるフェージングで、データの一部が劣化する原因となります。
・深いフェージング: 特定の時間や場所で、信号がほぼ完全に消失することがあり、これが深刻な通信障害の原因となります。
インターシンボルインターフェース(ISI: Inter-Symbol Interference)
マルチパスによって生じる異なる経路での伝搬遅延により、異なる時間で受信された信号が互いに干渉し合うことをインターシンボルインターフェースと呼びます。これにより、連続するデータシンボルが混ざり合い、受信側での誤り率が増加します。ISIは、特に高データレートの通信システムで問題となり、データ復元の難易度を高めます。
多重経路利得(Diversity Gain)
一方でマルチパスがプラスに働くケースもあります。例えば、受信アンテナが異なる経路で伝搬した複数の信号を受信できる場合、それらの信号を組み合わせることで、より強力で安定した信号を得られることがあります。これを多重経路利得と呼び、無線通信の信頼性を向上させる効果があります。
3. マルチパスの軽減および対策技術
マルチパスの負の影響を軽減するために、様々な技術が開発されています。以下に代表的な対策を説明します。
均等化技術(Equalization)
均等化技術は、受信側でインターシンボルインターフェースを軽減するために使用されます。これにより、信号の遅延や歪みを補正し、データの誤り率を低減します。均等化技術には、固定均等化器と適応均等化器があります。
・固定均等化器: あらかじめ設定されたフィルタを使用して信号を補正します。
・適応均等化器: 受信環境に応じてフィルタの特性を動的に変更し、より効果的にフェージングやISIを補正します。
ダイバーシティ受信(Diversity Reception)
ダイバーシティ受信は、複数のアンテナを使用して異なる経路で伝搬した信号を同時に受信し、最も良好な信号を選択するか、複数の信号を組み合わせる技術です。これにより、フェージングの影響を軽減し、通信品質を向上させることができます。
・空間ダイバーシティ: 複数のアンテナを異なる位置に配置することで、異なる経路の信号を受信します。
・時間ダイバーシティ: 異なる時間に同じ信号を送信し、複数回受信することで、フェージングの影響を回避します。
・周波数ダイバーシティ: 異なる周波数帯域を使用して同じ情報を送信し、フェージングによる信号劣化を軽減します。
MIMO(Multiple Input Multiple Output)技術
MIMO技術は、複数の送信アンテナと受信アンテナを使用し、空間ダイバーシティを最大限に活用する技術です。これにより、マルチパスを利用して通信速度を大幅に向上させることができます。MIMO技術は、4G LTEやWi-Fi 6などの最新の通信規格で広く採用されています。
4. マルチパスの応用と実例
マルチパス現象は、無線通信の様々な分野で考慮されています。以下に、いくつかの応用例を示します。
携帯電話通信
携帯電話通信において、マルチパスは避けられない現象です。都市部では特に建物や車両によって電波が反射され、多くの経路で信号が伝搬します。これに対して、携帯電話はダイバーシティ受信や均等化技術を使用して、通信品質を保つよう設計されています。
衛星通信
衛星通信では、地球表面からの反射や大気層での屈折により、マルチパスが発生することがあります。特に、海面や雪原のような広い反射面がある環境では、強いマルチパスが観測されます。衛星通信システムは、これを考慮して設計されています。
無線LAN(Wi-Fi)
室内環境において、無線LANの信号は壁、家具、その他の障害物で反射・屈折し、複数の経路で伝搬します。Wi-Fiルーターや端末は、MIMO技術やダイバーシティ受信を活用して、安定した通信を提供します。
マルチパスの今後の展望
5Gや将来の通信システムにおいて、マルチパスの影響は引き続き重要な課題であり続けます。特に、IoTデバイスや自動運転車の普及に伴い、より高度なマルチパス対策が求められます。また、AIや機械学習を活用したリアルタイムの均等化技術やダイバーシティ受信の最適化が、今後の研究課題として注目されています。さらに、6Gなどの次世代通信システムでは、マルチパスを積極的に活用して、より効率的な通信を実現する技術が期待されています。

マルチパスは無線通信における避けられない現象であり、今後も通信技術の発展とともにその重要性は増していくでしょう。